笹塚diary

渋谷区笹塚と秋が好きすぎるシングルマザーの日記

2024.9.29:一子さんがいた街

写真家の植本一子さんの「愛は時間がかかる」を読了。前の晩から食事をするのも忘れて読みふけった。

彼女の日記にはいつも圧倒される。物の感じ方は自分に重なるところがあるけれど(読みながらも、うんうんと首を振ることしばし)、植本さんはそのように感じる自分を認め、葛藤しながらも発露する人だ。こんなことも書いてしまうのかと驚かされることもあるが、自身の弱さや生きづらさに向き合い、苦しみ、それを日記を通して告白し、その先に希望を見出し続ける彼女の逞しさに励まされている。

私は子どもの頃から「気持ちの浮き沈みが激しい子」と言われてきた。幼稚園の連絡帳には「今日も泣いてしまいました。泣き虫が直るといいですね」と書かれ、それを読んだ母が「恥ずかしい」と嘆いていたことを今も覚えている。すぐに感情的になってしまう自分自身を後ろめたく思い、否定してきた。今も認めたくない感情に日々支配されている。それらを勇気を出して書いてみようか、と思ったこともあるけれどやっぱり書けない。でも、植本さんならきっと書けるだろう。そんな信頼がある。

私にも覚悟ができたら、何か強い信念があったら、あのような凄みと筆力のある日記が書けるだろうか。

ここでは、植本さんの周りの方が彼女のことを親しみを込めて呼んでいるように、一子さん、とお呼びしたい。

一子さんは、何か傷つくようなことがあるといろいろな人に話して回るけれど、私にはそれができない。誰かに打ち明ければその時のことを思い出して再び辛くなるし、言えば言うほどその事実が決定的なものになってしまう気がして。さらには、傷ついたことを認めたくないという思いもある。結局は自分の感情に向き合うのが怖いのだ。

また、彼女は二人の女の子のお母さんでもあるが、行きたいと思う場所があればどうにかやりくりして出かけていく。友達にベビーシッターを頼んだり、留守の間に様子を見てもらうよう依頼したり。私にはそれができなかった。一子さんにできるのは、周囲の人たちと何より娘さんたちを信じているからなのだと思う。(少なくとも日記上では、)誰も彼女を責めない。皆、喜んで手を差し伸べている。

これほど自分のことを書く人だが、写真ではセルフポートレイトではなく、周囲の人を中心とした人物を撮り続けているところに、その心が表れているように思う。お仕事では下北沢に天然光を使った「天然スタジオ」を構え、家族写真を撮影している。私も一度、撮影していただいたことがあり、あの日に撮っていただいた写真とあの時間は宝物だ。

「うれしい生活」は、被写体との関係と信頼がよく表れていて大好きな写真集。

(あと、一子さんが高校を卒業して上京する際、駅のホームで見送る同級生たちを電車の車内から撮影し、写真新世紀で優秀賞を受賞した写真がたまらなく好き。)

その無垢さに周りの人は魅かれ、また時に振り回されもするだろう。彼女の愛と激情を5年もの間、受け止めてきたパートナーの方はどんなことを考えていたのだろうか、と思いを巡らせた。

午後になって、代田橋の「予感」へ。あのお店に、この本の続きとなる自費制作本「こころはひとりぼっち」が置いてあることを思い出して、いてもたってもいられなくなったのだ。

店主さんのやわらかい笑顔に心が和む。実はこの方もまた、一子さんの日記に頻繁に登場し、現在進行形で彼女の情熱を受け止めている人の一人なのだった。

ちょっとしたトラブルがありつつも、無事、本を胸に抱いて帰宅。

一子さんの本を読んでいると、おそらくあのあたりに住まわれていたのだろうな、と思ったりする。代田橋に住んでいた一子さんと娘さんたちが旦那さん(ECDさん)が入院する病院にバスで通っていた環七を、私は今、逆方面に自転車で走って笹塚にたどり着いている。それこそ笹塚もよく出てきていて、駅前の紀伊國屋書店で娘さんの漫画雑誌を買い求める記述があったりしたように思う。一子さんが生活していた街で今、私も泣いたり笑ったりしている。

夜は彼と「しゃけ小島」へ行き(このお店もよく出てくる)、その帰りに再度、代田橋駅前の「バックパックブックス」へ。飲んだ後に立ち寄れる書店というのは素晴らしい。昼間、買い逃した椎名誠の「本の雑誌血風録」を買った。本の雑誌社は笹塚にあった時もあったので、笹塚のことがちょっとでも出てこないかな、と期待して(結果、今のところ出てきていない)。

彼は90年代後半に発行されていた文芸誌「リトルモア」を。初めて読むと言う。「リトルモア」のキャッチコピーは「ストリートを疾走する文芸」。文学と音楽とカルチャー好きだった私は、毎号、胸を高鳴らせて読んでいた。彼があの文芸誌みたいにワクワクする一冊を作ってくれる日を楽しみにしている。