笹塚diary

渋谷区笹塚と秋が好きすぎるシングルマザーの日記

2024.9.18:涙の数だけ強くなれるかはわからないけど

朝から泣くと夕方まで使い物にならなくなる。力が出ない、ただひたすら眠い。トラブルは解決していてもどこか物憂い。どうしてこんな状態になるかというと、泣くことで交感神経が高まった後、一気に副交感神経にスイッチするから、らしい。

今朝からついていないことばかりだった。起きたら、息子のお弁当用のごはんが炊けていなかった。急遽うどんをゆで、お湯を捨てようとしたら鍋ごとばしゃーんと床にひっくり返してしまった。慌てているうちに副菜もぽたぽたと床に落としてしまった。

それを見ていた息子は「どうせ、洗って冷やすんだから」と慰めてくれ、一緒に床をふいてもくれたが、副菜まで落とした瞬間にはなんだかもうお弁当をまともに整えて渡すまでの道のりが見えなくなってきて軽く絶望。さらには元夫から少し気がかりなLINEがきていて、やっとのことで息子を送り出し、笹塚へ向かう途中は暗澹とした気持ちでいっぱいだった。もはやつつかれただけでも泣いてしまう……ぐらいの、コップの縁まで涙がぎりぎり状態であった。

笹塚の彼の家に着き、起きたばかりの彼に話しかけたところ寝ぼけた返事をされ、ついに満を持しての大号泣。彼に全く非はない。そしてこんな号泣沙汰は大ごとのように思われるかもしれないが、私は彼の前ですっかり『泣き上戸』になっているので、ちょっとしたことで泣くのは日常茶飯事である(実に面倒くさい)。最初は彼もすぐに涙を落とす私を見て動揺していたが、最近では「ああ、泣いている。」と私の「泣き」を「現象」として捉えているらしい。そういう人の前では心置きなく泣けてしまう。彼が出勤する頃にはすっかり大笑いしている私だった。

離婚するまでは、そして彼と付き合うまではうまく泣けなかった。いろいろなことがつらかったのに。泣いたら楽になると思っていたけど、私が泣くと眉をしかめる人と一緒に暮らしているうち、いつの間にかどうやって泣けばいいのかわからなくなっていた。ずっと胸の中がぐじゅぐじゅしていて、心が膿んでいるような気持ちだった。

彼の前で泣けるようになってからは、もう大丈夫だ、と思えるようになった。今は一人でも泣きたい時には泣いている。私が今、泣くのを我慢するのは仕事の現場と息子の前だけだ。

※思えば誕生日の日も泣いていた。

なかなか仕事に集中できず、やらねばならない大きめの作業に着手できそうにもなかったので、あきらめて退勤して図書館へ行くことに。

やっぱりこの場所に来ると、とたんに元気になる。カウンターで借りていた本を返し、予約していた本を受け取り、雑誌コーナーで文芸誌(群像とか文藝とか文学界とか)や好きな雑誌(本の雑誌、さんたつ、東京人など)の最新号をざっと読んで帰るのがお決まりの館内巡回コース。

帰り道、背中のリュックに読みたかった本が入っていることを思ってワクワクしながら自転車を漕ぐ。家に着き、借りてきた本をパラパラとめくっているうちにすっかり元気になっている。もう少しだけ本を読んだら再び仕事にとりかかるつもり。

今日借りてきた本と現在借りている本。

【追記】てんやわんやでもたせた弁当、うどんのつゆが漏れていて、通学バッグの中が大惨事になったらしい。息子に平謝りしてバッグとペンケースを洗濯することになった。本当に踏んだり蹴ったりの日だった……。