笹塚diary

渋谷区笹塚を愛し、この場所で生活するシングルマザーの日記

2024.4.20:不完全な自分

朝、本を読みながらいちごメロンパンを食べていたら、八重歯が抜けた。

ベッドで寝ている恋人のところへ行き「どうしよう、歯が抜けちゃった」と呟くと、「ええ?」と驚いた顔で起き上がった彼は「さすがに目が覚めた」と言う。歯が抜けてしまうなんて恥ずかしすぎるし、彼にはしばらく内緒にして乗り切ろうかと思ったが、この大変な事態を自分だけで背負いきれる気がしなかった。おそるおそる抜けた歯を見てみると、自分でも覚えてないぐらい前に入れた差し歯だった。

八重歯が生えてきたばかりの頃、「この歯は鬼歯といってよくない歯だから抜く?」と母に尋ねられ、断固拒否をした。その頃の私は、子供の歯の下から大人の歯が生えてきてしまうことがよくあり、歯医者で子供の歯を抜くたびに怖さで大泣きしていた。そんな私が『鬼歯』だからといって「抜く」と答えるわけがない。

八重歯があるために歯並びは悪くなり、虫歯が増え、知らぬ間に八重歯で口の中が傷つき口内炎になり、何かが頭に当たれば八重歯で唇を切る。大人になって定期的に歯医者通いをすることになり、審美面でも歯並びに悩んだ私は、あの時抜いてもらわなかったことをずっと悔やんでいた。母はあの日の幼い私に、ずいぶんと重い選択をさせたものだと思う。

ついに八重歯も虫歯になり、差し歯をつくることになったとき、尖っていない普通の歯の形にしてほしいと歯医者さんに頼んでみようと思った、のだが、そんなオーダーをする間もなく代わりの歯ができあがってきた。もともと生えていた八重歯そっくりのその差し歯を見てがっかりした。

一方で、八重歯は私のアイデンティティでもあった。物心ついた頃から八重歯があるのが私という人間だったし、八重歯をかわいいと言ってくれる人がいる一方で、現代的な美しい歯並びに憧れる私には大きなコンプレックスでもあり、この複雑な感情と一生付き合っていくのだと覚悟を決めていた。

鏡の前で歯が抜けた口を開けてみると、歯の生え変わり期の子どもの口の中みたいだ。今の自分はすごくアンバランスで、あるべきものが欠けている。

恋人が面白がって「口開けて!」と絡んできた。嫌がる私に「歯が抜けてるのがかわいいのに。八重歯もその歯並びも好き」などと言う。その言葉にうれしくなった矢先、自分は完全でなく不完全なものにこそ魅力を感じるのだ、という熱弁を聞かされた。

月曜の午後にかかりつけの歯医者の予約がとれた。あと2日。それまではもう少し、不完全な私でいる。